週刊医学界新聞 (2008/10/27) に興味深い記事が掲載されました。李 啓充 氏の連載 (続 アメリカ医療の光と影) 「
Never Events 二つのリスト」 という記事です。
2008年10月1日、米連邦政府が運営する高齢者医療保険メディケアが 「Never Events」 (直訳すれば
「決して起こってはならない事象」、本来は医療過誤の意) の結果必要となった医療行為に対しては診療報酬を支払わない、とする新ルール (
表) を発効させた。
但し、元々 「Never Events」 の名には 「決して起こってはならない (=always preventable)」 という意が込められていたのだが、メディケアは 「Never Events」 を
「十分に予防しうる (=reasonably preventable) 事象」 と定義しなおすことで、院内感染に関連する項目が加えられた (経緯の詳細は上記記事参照)。
表.Never Events (メディケアのリスト) (1) 空気塞栓
(2) 血液型不適合
(3) カテーテルに関連した尿路感染
(4) 血糖値コントロールの不良に基づく病態の発現
(5) 股/膝関節置換術後の深部静脈血栓あるいは空気塞栓
(6) 転倒/外傷
(7) 手術器具の体内取り残し
(8) 褥創
(9) ある種の整形/肥満手術後の術創感染
(10) 冠動脈バイパス手術後の術創感染
(11) 血管カテーテルに関連した感染 日本は、米国に比して、患者さん1人あたりの医療スタッフ数 (特に、医師、看護・ケアスタッフ)、即ち、マンパワーが非常に少ない状況です。もし、上記診療報酬システムが、我が国の医療制度 (特に高齢者医療制度) に導入された場合は、現場は大混乱に陥ると推測されます。
基本的に、
「決して起こってはならない事象」 (明らかな医療ミスまたは医療過誤) [上記リストの (1)、(2)、(6)の一部、(7)] に対して、診療報酬が支払われないのは妥当と考えられます。
しかしながら、問題は、
「十分に予防しうる (=reasonably preventable) 事象」 についてです。
●各種 「院内感染」 [上記リストの (3)、(9)、(10)、(11)] および 「(5) 股/膝関節置換術後の深部静脈血栓あるいは空気塞栓」は、通常起こりうる合併症・術後合併症です。特に、(3) と (10) は日常の臨床の場において稀ならず生じる合併症であり、高齢者 (特に低栄養、免疫系低下患者) の場合は比較的頻繁に生じます。
●「(4) 血糖値コントロールの不良に基づく病態の発現」 は微妙な項目です。患者さんの原疾患等の病態像・手術侵襲・感染症等、様々な因子が絡み合います。また、病院によっては、医師ファクター (糖尿病専門医や総合内科医の有無、一般内科医・他専門内科医・他科医のスキル等) も関係すると思われます。
●「(8) 褥創」 もハイリスク患者 [ショック状態、重度末梢循環不全、麻薬等鎮痛鎮静剤の持続的使用時、長時間全身麻酔下手術後、極度の皮膚脆弱性や褥瘡危険因子 (病的骨突出、皮膚湿潤、浮腫等) 保持患者、等々] あるいは高齢者 (特に、低栄養、重度障害患者) 等では現在の我が国の医療スタッフのマンパワーでは、完全には予防しきれないケースもあると推測されます。
●リハビリテーションにおける医療安全管理対策にて特に重要視される 「(6) 転倒/外傷」 に関しては、病棟スタッフあるいはリハビリテーションスタッフの介助下・監視下で起こった時には、
「決して起こってはならない事象」 の方に入ると考えられます。では、それ以外の単独事故 (特に高齢者・高次脳機能障害患者・認知症患者) の場合、管理責任 (この場合もマンパワーの問題がありますが) もあり、ケースバイケースでしょうが、処理困難例も少なからず生じると思われます。
原則として、通常の合併症・術後合併症等は、最大限の注意を払って最善の治療を施しても回避不可能であるという点で、「医療ミス」 とは異なり、いわば
「医学・医療の限界」 とすべきとされています。
したがって、
「十分に予防しうる (=reasonably preventable) 事象」 レベルに関しては、「Never Events」 リストから外すべきと考えられます。
財務省・厚生労働省・「支払い側」 合同軍 (笑) [笑えない?] が、財政再建・医療費削減の錦の御旗の本、この 「Never Events」 を導入する可能性が少なからずあると思われます。
しかしながら、上述のような 「Never Events」 自体の問題および我が国の医療現場のマンパワーの問題等があり、(増税前提条件が乏しく且つ曖昧な 「麻生首相の2011年度消費税増税」 のような) 拙速な導入は厳に慎んで頂きたいと思っております。
さもなければ、現在の医療崩壊・医療破壊が益々加速すると思います。